ルーズベルトのブレーン・トラストの一人コロンビア大学のレックスフォード・タグウェルは、二、三日うちに必ず銀行はすべて崩壊するだろう、でもそうなってくれれば、「責任をフーヴァー大統領の膝に置いて」ルーズベルトは新しく出発することができる、と言っているというのである。
フーヴァーは非常事態を理由に夕食をティーに切り替えた。
そのティーもそそくさと切り上げて、ルーズベルトと銀行問題を協議しようとした。
全国で次々に銀行が閉鎖されていく雰囲気の中で、ルーズベルトが言った。
「大統領、そうすることが習慣のようですが、われわれの訪問に答礼なさらなくともわれわれは気にしません」。
フーヴァーの不快パーティーに爆発した。
「ルーズベルト君、君も私ぐらい長くワシントンにいればお分かりになると思うが、合衆国大統領の方から誰かを訪ねることは決してありません」。
そう言い残してさっさと引き上げるフーヴァーを見送りながら、立ち上がるために息子の肩においたルーズベルトの手は怒りにぶるぶる震えていた。
(三九歳で小児麻陣にかかってより、ルーズベルトは車椅子の生活だったその日は土曜日だった。
一九三三年三月四日、国民の気分を象徴するかのような鉛刀的抄拍色の空の下、メィフラワー・ホテルを出発したフランクリン・デラノ・ルーズベルトは、オープン・カーに同乗したフーヴァーとはほとんど口も利かないまま、大統領宣誓式の行なわれる議会へと向かった。
午後一時に始まった宣誓を「……大統領職を忠実に執行し、能力のあたうかぎり合衆国憲法を保持し、守り、擁護することを誓います。
神もお力添えを」と型どおりしめくくると、ルーズベルトは直ちに演壇一に向かった。
「今日は国民的献身の日です」。
ルーズベルトは低い調子で始めた。
「……今こそ真実を語り、率直に、大胆にすべての真実を語るべき時です」。
キャピトル・ヒルを埋め尽くした大群衆とラジオの前の国民は、かたずを呑んで聞き入った。
ルーズベルトは次第に語勢を強めて言葉を継いだ。
「われわれはこの国の置かれた状況に正直に直面することを恐れてはなりません。
この偉大な国は、これまで耐えてきたように耐えしのび、やがて復活し、繁栄するでありましょう。
したがって、まず第一に私は、われわれが恐れなければならないのは恐れ心だけである退却を前進に変えるために必要な努力を萎えさせる名状しがたい、理由のない、条理の立たない恐れだけである、という堅い信念を述べさせていただきます」。
「自然は今でも豊かな恵みを与え、人間の努力がそれを拡大してきました。
豊かさはわれわれの玄関口に置かれていますが、あり余る供給が目に入るため、かえってそれを活用しようというわれわれの気持ちが萎縮しているのです」pそうなったのは経済制度のせいではない。
そうなったのは、ビジョンも持たず、紙に表わされた富をただ利己的な利益のために悪用した人間たちのせいである。
彼らは追放されなければならない。
「両替商たちは既にわが文明の殿堂の高座から敗走しました。
われわれはいまこそその殿堂に古来の真理を回復することができるのです」。
新大統領は国民に、金銭的利潤よりも崇高な社会的価値があることを説いた。
「幸福は、単に金銭の所有にあるのではなく、成就の喜び、創造的努力の心のふるえにあるのであります」。
とは言え、心の持ちようを変えただけでは経済の回復はおぼつかない。
ルーズベルトは一段と声を張り上げて宣言した。
それも、アクション・ナウを。
われわれは行動しなければなりません。
すぐに行動しなければなりません」。
キャピトル・ヒルを埋め尽くした群衆から嵐のような拍手が起こった。
しかし、演説がこれからとるべき行動に及んだところでは、ルーズベルトは抽象的で、あいまいで、ところによっては矛盾さえ露呈した。
後に二ユーディール政策と呼ばれた赤字財政、公共事業、失業対策事業などは、何一つ新大統領の口から聞かれなかった。
ルーズベルトの対策は、ほとんどフーヴァーの年来の主張と大差はなかった。
明らかに、ルーズベルトはまだはっきりした施策はおろか、政策の全体を統合する原則すら胸に描いていなかった。
それから大統領は、後に一部の批判家がヒットラーやムッソリーニにもなぞらえた大胆な権限の委譲を国民に求めた。
「もし、私に皆さんの気持ちが読めているとすれば、われわれはこれまでになかったほどの相互依存関係にあることを認識しています。
われわれは取るだけでなく与えなければなりません。
前進しようとすれば、われわれは共通の規律を高めるために喜んで犠牲を払おうとする、訓練され、忠節を尽くす、軍隊として動かなければなりません。
……われわれは、そのような規律のためにわれわれの生命も財産も喜んで差し出す用意があります。
なぜなら、そうすることによって、より大きな善を目的とする指導力が可能となるからであります。
そして、その指導力は私が提供したいと思います」。
立法府と行政府の権限のバランスは、われわれが直面する異例の事態の解決にも十分対処できるものと思いたいが、遅滞なき行動の必要性が前例のないほど高まっている折には、そのような公的手続きの正常な今ハランスから一時的に逸脱することが必要となるかも知れない。
もし就任式の夜、新大統領は財務長官ウィリァム・ウッディンに五日後までに緊急銀緊急銀行法行法を起草するよう命じた。
翌五日の日曜日、ルーズベルトは側近と協議の上初の大統領令を発した。
その第一は、三月九日に特別議会を召集すること、第ニは、夜ニ一時を回ってから発表されたが、一九一七年の「対敵通商法」というおぼつかない権威を拠り所に、三月一○日まですべての銀行を閉鎖し、金の輸出、銀の輸出、および外国為替の取引をすべて禁止するというものだった。
これによって、アメリカの銀行制度は完全に機能を停止した(郵そうなれば、「私は危機に対処するために残されたただ一つの手段を議会に要請するでありましょう。
緊急事態と戦うための広範な大統領権限、もしも本当にわれわれが外敵に侵略されたなら私に与えられるであろうのと同じ強大な権限を要請するでありましょう」。
群衆は大拍手で大統領に応じた。
大統領が頭を垂れ、アメリカと、すべてのアメリカ国民と、「来るべき日々における私」とに神の加護を求める祈りを捧げて演説を終わると、一瞬沈黙が群衆を支配した。
それから群衆は大歓声を上げ、心の限り喜びをほとばしらせた。
初めてルーズベルトの顔に微笑が浮かんだ。
その後二、三日のうちにほとんど五○万通もの手紙がホワイトハウスに寄せられた。
それらの中で人々は、いま新しい指導者を得た喜びを口々に語っていた。
九日正午に開かれた特別議会には、まるで戦時下のような緊迫した空気がみなぎっていた。
大統領は議会に三つの法案を提示した。
その第一は、ウッディンがフーヴァー時代からの財務省職員の協力の下に起草した「緊急銀行法」だった。
午後二時五五分に下院で法案の審議が始まったとき、まだすべての議員の手元に法案のコピーはとどいていなかった。
法案に反対の議員は一人もなく、四時五分にそれは下院を通過した。
その頃法案は上院の銀行・通貨委員会を無修正で通過して、やがて上院本会議にかけられた。
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